個人事業主が家族に給料を払う「専従者給与」の節税効果と手続き

「妻に経理を手伝ってもらっているけど、給料を払って経費にできる?」
「家族への給料はいくらまでなら税金がかからないの?」
「配偶者控除と専従者給与、どっちが得なのかわからない…」
こんにちは。「税理士コラボネット」の小林です。個人事業主の方にとって、家族の協力は事業を支える大きな力ですよね。そんな家族に対して支払う給料を経費にできれば、家計全体での税金を大きく減らせる可能性があります。
しかし、税金のルールでは原則として「家族への給料は経費にならない」と決まっています。この原則を覆し、合法的に全額経費にする特例が「青色事業専従者給与」です。
この記事では、個人事業主の最強の節税策とも言える「専従者給与」について、その仕組みと節税効果、具体的な金額の決め方、そして絶対に忘れてはいけない届出などの手続きを、専門家の視点から徹底解説します。
この記事を読めば、あなたの事業と家庭にとって「専従者給与」を使うべきかどうかが、ハッキリと分かります。
目次
家族への給料を経費に!「青色事業専従者給与」とは?
まず、なぜこの制度が「節税」になるのか、基本的な仕組みを押さえておきましょう。
通常、家族への給与は経費にならない(白色申告の場合)
所得税法では、「生計を一にする親族(財布が一緒の家族)」に対して支払った給与は、必要経費として認められないという原則があります。
もし白色申告の場合、奥さんに月10万円(年120万円)の給料を払ったとしても、それは経費にはならず、単なる「生活費の渡し合い」とみなされます。その代わり、「事業専従者控除」という固定額の控除(配偶者なら最大86万円)があるのみです。
青色申告なら全額経費にできる!最強の節税スキーム
しかし、「青色申告」を行い、事前に税務署へ届け出ることで、家族への給与を全額必要経費にすることが認められます。これが「青色事業専従者給与」です。
例えば、妻に月20万円(年240万円)を支払えば、事業の利益から240万円を差し引くことができます。事業主の所得税・住民税・国民健康保険料を大幅に圧縮できる、非常に強力な節税手段です。
どのくらいお得?節税効果シミュレーション

では、具体的にどれくらい税金が安くなるのでしょうか。「所得分散」の効果を見てみましょう。
所得税・住民税がダブルで安くなる「所得分散」の仕組み
日本の所得税は「累進課税」です。所得が高い人ほど税率が高くなります(5%~45%)。
事業主一人が1,000万円稼ぐよりも、事業主600万円・妻400万円に分けた方が、トータルの税率は低くなります。これが「所得分散効果」です。
【シミュレーション例】
- 事業利益(控除前):800万円
- 事業主の税率:約20%(所得税+住民税 ※概算)
パターンA:専従者給与なし(事業主1人の所得)
- 課税所得:800万円
- 税額イメージ:約150万円
パターンB:妻に年240万円の給与を支払う
- 事業主の所得:560万円(800万-240万)⇒ 税率が下がる
- 妻の所得:240万円 ⇒ 給与所得控除(最低55万円)が使える
- 世帯トータルの税額:約110万円
このように、給与として支払うことで、事業主の高い税率部分を削り、家族の低い税率(または非課税枠)を活用することで、世帯全体の手取りを増やすことができます。さらに、事業税(個人事業税)の節税にも繋がります。
配偶者控除(38万円)とどっちが得?分岐点を解説
専従者給与をもらうと、配偶者控除(最大38万円)や配偶者特別控除は受けられなくなります。「38万円の控除を捨ててでも、給与を払った方が得か?」が判断のポイントです。
結論としては、「年間給与が38万円を超えるなら、専従者給与の方が得」になるケースがほとんどです。
配偶者控除はあくまで「所得から引く金額」ですが、専従者給与は「経費そのもの」です。月8万円(年96万円)払えば、控除額の2倍以上の経費を作れるため、節税効果は圧倒的に高くなります。
専従者給与を出すための4つの条件
この強力なメリットを受けるためには、以下の4つの条件をすべて満たす必要があります。
1. 青色申告者であること
大前提として、事業主が青色申告をしている必要があります。まだ白色申告の方は、「青色申告承認申請書」を提出して切り替えるところから始めましょう。
▶ 青色申告と白色申告、どっちが得?メリット・デメリットと必要な手続き
2. 生計を一にする配偶者や親族であること
一緒に暮らしている(財布を共にしている)配偶者、子供、親などが対象です。別居していても、生活費を仕送りしている学生の子供などは含まれます。
※他で就職して自立している子供などは対象外です。
3. 年齢が15歳以上であること
その年の12月31日現在で15歳以上である必要があります。中学生以下の子供にお手伝いでお小遣いをあげても、専従者給与にはなりません。
4. 年間6ヶ月以上、その事業に専ら従事していること
ここが最も重要です。「専ら(もっぱら)」とは、その仕事メインで働いているということです。
- NG例: 他でサラリーマンやパートをしていて、休日に少し手伝うだけ。
- NG例: 学生で、授業や部活が忙しく、たまにしか手伝わない。
基本的には「他で働いていないこと」が条件となります。ただし、短時間のパート程度であれば認められるケースもありますが、税務調査で否認されるリスクもあるため、実態として「事業がメイン」と言える状況が必要です。
給料はいくらまでOK?金額の決め方と上限

「節税したいから、妻に年1,000万円払おう!」というのは認められません。金額には「妥当性」が求められます。
「社会通念上妥当な金額」とは?(仕事内容に見合った額)
税務署は「その仕事内容で、他人を雇った場合に払う給料(相場)と同じくらいか?」をチェックします。
経理などの事務作業だけで月50万円も払っていれば、「高すぎる(利益操作だ)」として否認される可能性があります。
- 事務作業のみ: 月10万円~20万円程度
- 現場仕事や専門業務もこなす: 月20万円~30万円以上も可
あくまで目安ですが、業務内容、経験、責任の重さに見合った金額設定にしましょう。
扶養内で働くなら「月8万8,000円(年103万円)」が目安
家族の手取りを最大化するなら、家族自身に所得税がかからない範囲で設定するのが賢い方法です。
- 年収100万円以下: 住民税も所得税もかからない(自治体による)。
- 年収103万円以下: 所得税がかからない。
月額にすると約8万5,000円~8万8,000円程度です。この範囲なら、家族は税金を払わず、事業主は全額を経費にできます。
源泉徴収が不要になるラインは?
給与を支払う際、事業主は所得税を天引き(源泉徴収)して、国に納める義務があります。
しかし、給与が「月額8万8,000円未満」であれば、源泉徴収税額は0円となり、天引きの必要がありません。
毎月の納付事務の手間を省きたいなら、月8万8,000円未満(例:8万円や8万5,000円)に設定するのがおすすめです。
忘れると経費にならない!必須の手続きと期限
専従者給与を出すと決めたら、必ず税務署への届出が必要です。これを忘れると、いくら働いていても経費にできません。
「青色事業専従者給与に関する届出書」の提出期限
この書類を、以下の期限までに税務署へ提出します。
- 原則: その年の3月15日まで
- 例外(年の途中で開業・専従者になった場合): 開業日や専従者になった日から2ヶ月以内
※例えば、1月に開業した場合は3月15日まで。4月に結婚して妻が専従者になった場合は6月までです。期限を1日でも過ぎると、その年は経費にできなくなる(翌年からの適用になる)ので、絶対に遅れないようにしましょう。
参照:青色事業専従者給与に関する届出手続 | 国税庁
届出書に書いた金額より多く払うとどうなる?
届出書には、「給与の支給期(毎月など)」「給与の金額(月額〇〇万円)」を記載します。
ここで書く金額は「上限額」です。実際の支払いが届出額より少ない分には問題ありませんが、届出額を超えて支払った分は経費として認められません。
将来の昇給やボーナスも見越して、少し高めの上限額を記載しておくのがコツです(例:今は月15万だが、届出には月25万と書いておくなど)。
事業主の義務!毎月の源泉徴収と年末調整
家族に給料を払うということは、個人事業主であっても「雇用主」になるということです。以下の義務が発生します。
給与額によっては毎月の源泉徴収が必要
前述の通り、月額8万8,000円以上の給与を払う場合は、所得税を源泉徴収(天引き)し、原則として翌月10日までに税務署へ納付する必要があります。
※「納期の特例」という申請を出せば、年2回(7月と1月)の納付にまとめることができます。手間が減るのでおすすめです。
家族でも年末調整は必須?源泉徴収票の発行は?
はい、必須です。家族であっても、従業員と同様に年末調整を行い、年間の正しい税額を計算します。
また、「源泉徴収票」を作成し、家族に渡すとともに、税務署や市区町村へ提出(給与支払報告書として)する必要があります。
「家族だから適当でいいや」は通用しません。マイナンバーの管理なども含め、しっかりとした労務管理が求められます。これらはクラウド会計ソフト(freeeやマネーフォワード)の給与計算機能を使うと簡単に処理できます。
「専従者給与の節税と手続き」まとめ
- 効果:所得分散により、世帯全体の手取りを増やせる最強の節税策。配偶者控除より効果が高いケースが多い。
- 条件:青色申告であること、生計を一にする15歳以上の親族、専ら従事すること(他で働いていない)。
- 金額:仕事内容に見合った妥当な額。月8万8,000円未満なら源泉徴収なしで事務が楽。
- 手続:「青色事業専従者給与に関する届出書」を期限内(3/15等)に提出する。
- 義務:事業主は源泉徴収義務者となり、年末調整や源泉徴収票の発行が必要。
専従者給与は、家族で力を合わせて事業を行う個人事業主にとって、最大のメリットの一つです。
「手続きが面倒そう…」と思われるかもしれませんが、一度設定してしまえば、毎年の節税効果はずっと続きます。ぜひ、正しい知識で活用し、家族のためのキャッシュを残してください。
より具体的な節税テクニックを知りたい方は、以下の記事も参考にしてください。
▶ 個人事業主の節税対策ベスト10 | 伸びている経営者が必ずやっているキャッシュ最大化術
「専従者給与」に関するよくある質問
原則としてNGです。「専従」とは「専ら(もっぱら)従事する」という意味なので、他で働いていると認められない可能性が高いです。ただし、本業に支障がない程度の短時間(例:週1~2回の数時間など)であれば認められるケースもありますが、税務調査で指摘されるリスクがあるため、基本的には「専従者給与をもらうなら他では働かない」のが安全です。
提出期限(通常3月15日)を過ぎてから提出した場合、その年の経費にはできず、翌年からの適用になります。遡って経費にすることはできません。ただし、年の途中で結婚したり、子供が就職できずに専従者になったりした場合は、その事由が発生してから2ヶ月以内に提出すれば、その年から経費にできます。
はい、届出書に記載した「上限額の範囲内」であれば、自由に減額したり、元の額に戻したりできます。届出額を超えて増額したい場合は、新たに「青色事業専従者給与に関する変更届出書」を提出する必要があります。遅滞なく提出しましょう。
はい、可能です。ただし、最初の届出書に「賞与」の金額と支給時期(夏・冬など)を記載しておく必要があります。届出に賞与の記載がない場合は経費に認められません。これから届出を出す場合は、念のため賞与の枠も記載しておくと良いでしょう。
いいえ、できません。専従者給与を受け取ると、金額がいくら安くても(例:月1万円でも)、その年は配偶者控除や扶養控除の対象外になります。中途半端な金額だと、控除がなくなるデメリットの方が大きくなる場合があるので、シミュレーションが必要です。
お住まいの自治体によりますが、一般的に年収100万円以下(給与所得のみの場合)であれば住民税の所得割がかかりません(均等割のみかかる場合もあります)。所得税がかからない「103万円の壁」とは少し基準が異なるので注意してください。
iDeCo(イデコ)は加入可能です。専従者自身の節税や老後資金作りに有効です。一方、小規模企業共済は原則として「事業主」のための制度なので、専従者は加入できません(ただし、共同経営者として認められれば加入できるケースもあります)。
いいえ、リスクがあります。税務調査では「実際に支払った事実」が確認されます。「生活費と一緒だから」と現金の移動がないと、否認される可能性があります。たとえ同じ家計でも、一度専従者名義の銀行口座に給与を振り込むか、現金で渡して受領印をもらう(給与明細を残す)など、支払いの事実を客観的に残しておくことを強くおすすめします。
年齢が15歳以上であれば可能ですが、高校生や大学生の場合、「専ら従事している(学業よりも事業がメイン)」と認められるのはハードルが高いです。夜間学生で昼間はずっと働いている場合などを除き、通常の学生を専従者にするのは避けた方が無難です。
特別な届出は必須ではありませんが、翌年から配偶者控除を受けるためには、年末調整や確定申告で正しく処理する必要があります。また、源泉徴収をしていた場合は、納期の特例を受けていても退職時に精算して納付する必要があります。





